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2009年9月19日土曜日

2009年10月ブログを再開します!

浜田英夫のブログを再開します。
2007年秋に稲城と調布で上映会を開いた後,ずっとお休みしていました。
今回再開を決めたのは,10月10日(土)11日(日)稲城の駒沢女子大の学園祭で,浜田英夫の稲城4作品を上映,同時に浜田さんの稲城写真展を行うことになり,その宣伝をするためです。またまた思いつきの,その場しのぎになってしまうかもしれませんが,「浜田英夫の映画を見る会」の次の活動に結びつけられないかと考えています。よろしくお願いいたします。
(ブログ担当 榊正昭)

2007年12月1日土曜日

いよいよ12月2日(日)上映会(調布)

12月2日(日)調布市たづくり映像ホール(京王線調布駅南口から徒歩4分)での上映はまだ残席があります。予約されていない方は少し早めにおいで下さい。hamadahideoeiga@gmail.comへご連絡いただければ確実です。

午前の部10:30〜12:00
◆「集団保育と幼児の発達」1975(19分)
 当時は3歳未満児を保育園に預ける是非が問われた時代(今は?)でした。集団保育が子どもの心理的発達に与える教育的意味を考えます。

◆「ちいさな芽生えを求めて
 〜重度心身障害児の意欲作りの試み〜」1979(28分)
 重度の障害児は義務教育の免除願いを出さなければならなかった時代。まったく反応の無かった子どもの手足が動き、表情が生まれるまでにどんな試みがなされたか。都立町田養護学校の挑戦のドキュメントです。    

◆「手作り遊びと子どもの手」1977(25分)
 当時、「子どもの遊びと手の労働」(あすなろ書房)という本が評判になりました。鉛筆が削れない、靴ひもが結べない子どもが問題になり始めた頃です。「子どもの遊びと手の労働研究会」(今もあります)の協力を得て、手作り遊びと子どもの発達を考えます。昭和30年代はじめの多摩地域の子どもたちの自然の中での遊びと生活(手伝い)も見られます。
  
午後の部13:30〜16:00
◆「砂利のふるさと」1957(15分)
 高度成長期の建設ラッシュを支えた多摩川の砂利採取。採掘跡の穴が競艇場になったのだそうです。歴史の断面を見る想いがします。

◆「草の根の人々〜砂川闘争の記録〜」1956〜1983(29分)
 米軍基地拡張反対闘争の記録「砂川は抵抗する」と、その25年後のドキュメントです。そのさらに25年後の現在を考えさせられます。
  
◆「若い心の詩」1957〜1969(55分)
 教育大学付属盲学校の小学生だった子どもたちが社会にでるまでの12年間の記録で、今も活躍しているシンガーソングライター長谷川きよしを中心に構成しています。障害者の映画ではなく、友情、青春、進路、そして教育がテーマです。

入場は無料ですが、記念誌(500円)をお求めいただければ幸いです。おまちしております。  

2007年10月6日土曜日

記念誌もできました!


上映会で配布する記念誌(42ページ)もできました。追悼文、上映作品の詳しい紹介、浜田映像論、そして製作現場の浜田さん、地域での浜田さんについて大勢の方々に寄稿していただきました。今年2月から続けてきた「浜田英夫の映画を見る会」の報告、浜田映像の永久保存を取り決めた稲城市への作品遺贈の経緯についても掲載しました。表紙デザインはポスター、チラシと同じです。
9月30日上映会では500円で頒布しました。12月2日も頒布します。ぜひお買い求めください。

追悼上映会チラシ(裏)


上映会チラシの裏面には9月30日稲城、12月2日調布の全上映作品12本の紹介と、浜田さんの略歴を入れました。浜田さんとその作品に関する情報を満載したのは、浜田さんの資料はこれまであまり出ていないので、これ一枚でひととおりのことが分かるようにしたかったからです。そのぶん文字が小さくなって老眼の私にはちょっと辛いものがありますが、若い方にはだいじょうぶでしょう。

追悼上映会チラシ(表)


追悼上映会のチラシです。9月30日稲城と12月2日調布の2回を一枚にしました。
写真は代表作「若い心の詩」(12月2日上映)のラストシーンです。
キャッチコピー「野良ネコ的、浜田眼」の野良ネコは浜田さんの口癖で、どこの会社にも所属せず自由に映画をつくって来た浜田さんの気概であり、彼の電子メールのハンドルネームでもありました。
デザインは地元稲城市にある駒沢女子大学映像コミュニケーション学科3年の志田美幸さん。ポスターも同じデザインです。黄色と水色の眼は実はキャッチコピーが決まる前にできていて、浜田夫人が「これは目だ、そうだ浜田秀夫の目だ」と言い、それを聞いた志田さんの先生、森田和夫教授が「野良ネコ的、浜田眼」という印象的なコピーにして下さいました。そしてなにより、地元の大学で映像に関わる方々の協力が得られたことはうれしいことでした。

2007年6月26日火曜日

7月22日(日)の上映作品


浜田英夫の映画を見る会第六回は下記の作品を上映します。
日時/7月22日(日)13時30分〜17時
場所/稲城市城山体験学習館(JR南武線 南多摩下車7分)
でんわ042-378-7100
尚、9月30日と12月2日の追悼上映会のプログラムもこの会で正式に決定いたします。はじめての方もぜひご参加ください。

<プログラム>

■映像づくりABC  Ⅰ部Ⅱ部各30分(1985)
はじめてカメラを持つ人にもわかるビデオと8ミリ映画カメラ、そしてビデオテープレコーダの働きと使い方。ビデオと映画の編集の違い、映画フィルムによるアニメづくりの例も紹介されます。浜田さんの映像づくりの秘密がわかるかもしれません。

■梨の郷〜国際ソロプチミスト稲城20年のあゆみ〜 20分
ソロプチミストとは実業界で活躍する女性、専門職に従事する女性の国際的奉仕団体です。駒沢女子大・短大の国際協力ボランティア室も稲城の機関として認証されているとか。ライオンズやロータリーなど男性中心の奉仕団体との違いを知りたいと思います。

■人間が歩み始める時 86分(2005)
浜田さんの遺作となったDVD作品。50年間に撮影した膨大な映像をもとに、大学の授業で使うため5分〜10分に編集した12章の映像集です。米谷光弘西南学院大学教授は「未来へ語り継がねばならぬ物語の連蔵…」「大人になり忘れかけた何かを、子どもが忘れてはいけない大切なものを教えてくれます」と評しています。この映像によって浜田さんが未来に何を托そうとしていたか、語り合いたいと思います。(写真はそのDVD)

2007年6月12日火曜日

6月17日は砂川闘争、そして子ども…


6月17日(日)の上映作品を紹介します。

■草の根の人びと
ー砂川闘争の記録ー 29分 1983
 1956年(昭和31)当時アメリカ空軍基地であった立川飛行場の拡張計画に反対する地元砂川町民の運動、いわゆる砂川闘争を浜田さんは8ミリフィルムで記録しました。これは朝日新聞主催第一回全日本小型映画コンクール第2位に入賞しました。砂川闘争はその後、法廷に持ち込まれ、拡張は断念されました。そして1968年には日本に返還され自衛隊に引き継がれました。
 映画は当時の8ミリに、25年後の1981年基地反対同盟代表宮岡さん宅の忘年会、翌1982年の宮岡さんの葬儀、そして同年5月の40万人反核大集会の記録を加えて、時は流れ人は変われど反核と平和を願う草の根の人々の意思は耐えることがないことを訴えています。

■からだ作りと子どもの心 30分 1980
 教育の現場で、子どもが朝からあくびをする、背中がぐにゃっとしているなど身体の異変が問題にされはじめた頃、早くからこの問題に取り組んでいた岐阜県恵那地方の学校や保育園、幼稚園を取材し、子どもの生活の変化と身体と心の関係から対応を考える映画です。文部省選定


■赤ちゃんの心を育てる
ー乳児集団保育の実際ー
25分 1984
 先に「集団保育と幼児の発達」1974を制作してから10年、対象を0歳児に限定して、保育現場の実際に即し、赤ちゃんへの関わり方の基本を具体的に理解させる映画です。保育者養成課程の学生の教材用として作られました。文部省選定

場所と時間はいつもと同じ、稲城市城山体験学習館、2時から上映開始です。お待ちしています。
浜田英夫のページに作品紹介のプレスシートを掲載しています。
尚、次回は7月22日(日)です。

2007年5月3日木曜日

次回5月27日(日)は…

第4回浜田英夫の映画を見る会をご案内します。

■日時/5月27日(日)14時〜17時
■場所/稲城市城山体験学習館(JR南武線 南多摩下車7分)

 <上映作品>

■ひとりひとりを生かす教育(1972)44分 
 1969「若い心の詩」に続く作品です。チラシには次の 
 ように書かれています。

  「心や身体のどこかに障害のある子どもが、学齢児童中
  27人に1人の割合で存在アするにも関わらず、学校では
  お客さまとして扱われたり、放置される児童が少なくあり
  ませんでした。しかし近年、心身障害児にも教育をとの声
  が高まり、70年代の教育の重要課題として文部当局にお
  いても総合的な整備拡充に乗りだそうとしています。
  この映画は特殊教育入門の手引きとして、「どの子も落ち
  こぼれることなく、ひとりひとりに適応した教育を」とい
  う考えに立ち、心身障害児にの早期発見とその教育への理
  解を深めることを願って作られました」

「若い心の詩」につづく16ミリ自主制作2作目のこの映画も、
 再び注目を浴び、いろいろ受賞しています。
   1972教育映画祭社会教育部門最高賞 
   東京都教育映画コンク–ル金賞 
   厚生省中央児童福祉審議会特別推薦 他
 
■子どもと読書(1973)34分
  「子どもたちが成長してからいつまでも胸にのこるよう
   に心の栄養を与えたい。それには手近に多くの良い本
   を…と願うお母さんたちの声が広がっています。
   図書館の整備が遅れている現状の中で、家庭文庫、地
   域文庫がお母さんたちの手で作られ、公共図書館設置
   の運動も芽生えています。けれど一方では、子どもの
   本に無関心な人、図書館について古いイメージしか持
   たない人もいます。
   そこでこの映画は、子どもの成長にとっての読書の役
   割、必要性を解説し、あわせて家庭、地域文庫の活動、
   新しい公共図書館のサービスなども紹介し、分かりや
   すくまとめました。」 (映画チラシより)
  (文部省特選→確か買い上げてくれたはず。1973教育
   映画祭優秀作品賞他、この年も受賞しています)
  
 浜田さんの映画で「○○と○○」という題名(解説的教育映画
 に多い)は次の「老後と福祉」とこの作品だけのようです。
 他の映画とは違う何かがあるのかもしれません。そして、
 それは浜田さんの考え方と関係があるのかもしれません。
    
■老後と福祉 (1987)23分
 日比谷図書館視聴覚ライブラリーの目録には次のように
 紹介されています。
  「小金井老後問題研究会の活躍ぶりや在宅老人に対する
  援助サービスの状況、特別養護老人ホームにおける介護
  員の活躍、老人ホーム内における生活の様子、デイケア
  センターの福祉サービスを紹介する」

浜田さんが取り組んだテーマで「老後」をあつかった作品は
これ一本だけ。資料もほとんど見あたりません。どういう経
緯で浜田さんがこの作品を作ったのか、どうしてこのテーマ
がこの作品だけなのか、気になります。

上映順序はまだ決めていません。ご希望がありましたらご連絡
ください。
尚、6月は17日(日)の予定です。

2007年4月14日土曜日

4月15日は「若い心の詩」を上映します。


先ほどブログを開設したばかりで、急なお知らせになりましたが、第三回浜田英夫の映画を見る会を下記のように開催します。
ご関心のあるかたはどうぞご自由にご参加ください。


■日時/4月15日(日)14時〜17時
■場所/稲城市城山体験学習館(JR南武線 南多摩下車7分)

 <上映作品>
■若い心の詩(1969)55分
このドキュメンタリーは、浜田さんが1957年から盲学校の子ども
たちを12年間撮り続けた8ミリフィルムをもとにつくられた。
小学生、中学生、高等生と成長していく子どもたちの中には、
盲目のフォーク歌手として世に出る長谷川清志がいる。
青少年映画賞、毎日映画コンクール教育文化映画賞、キネ旬
ベストテン第2位、厚生省児童福祉文化賞など、その年の賞を
総なめにした。
      
■パソコンの中見ちゃった(2002)29分
小中学校の情報教育、コンピュータ教育では、パソコンは操作
ができればよい、中身はブラックボックスでよいとされている。
それをあえて分解して中を見せようとしたのはなぜか。人間と
機械の関係について浜田さんが何を考えていたかが分かるかも
しれない。
    
■集団保育と幼児の発達(1975)19分
幼児は母親が抱きしめて育てるべきで、保育施設に任せると成
長に問題があるなどという声が現在でも聞かれるが、果たして
どうなのだろう。当時も問題にされた集団保育について、浜田
さんは何を語ろうとしたのだろうか。  

尚、次回は5月27日(日)です。よろしくおねがいします。

浜田英夫の映画を見る会ブログをはじめます。


 昨年2006年5月26日、記録映画作家浜田英夫さんが78才で亡くなってまもなく1年になります。今年2月から始めた浜田さんの映画を見る会も4月15日(日)は第3回を迎えます。9月30日には稲城市で、12月2日には調布市で追悼上映会を行うことが決まっていますが、そのプログラムを決め上映準備をするのも、この「浜田さんの映画を見る会」が中心になって行うことになります。
 
 このブログは、この会の月例会のお知らせと報告、プログラムと作品紹介、秋の追悼上映会の準備状況などの情報をみなさんと共有すると共に、浜田英夫の人と作品を多くの人に知っていただくために開設いたしました。みなさまのご感想、ご意見、そして浜田さんの想い出などがありましたら、直接コメントを書き込んでいただくか、原稿を管理人さかき sakakimasaaki@nifty.com までお送りください。よろしくお願いいたします。
(写真は2006年1月13日に私がご自宅をお尋ねした時)