2009年9月19日土曜日

稲城4作品,10月10日と11日に駒沢女子大で

稲城市にある駒沢女子大学学園祭で,2日間計4回上映(各90分)を上映します。
詳しくは下のチラシをクリックし拡大してご覧下さい。ご不明の点があればこのメールにコメントしてください。
あるいは,hamadahideoeiga@gmail.com へ。

2009年10月ブログを再開します!

浜田英夫のブログを再開します。
2007年秋に稲城と調布で上映会を開いた後,ずっとお休みしていました。
今回再開を決めたのは,10月10日(土)11日(日)稲城の駒沢女子大の学園祭で,浜田英夫の稲城4作品を上映,同時に浜田さんの稲城写真展を行うことになり,その宣伝をするためです。またまた思いつきの,その場しのぎになってしまうかもしれませんが,「浜田英夫の映画を見る会」の次の活動に結びつけられないかと考えています。よろしくお願いいたします。
(ブログ担当 榊正昭)

遅ればせながら12月2日上映会の報告



2007年12月2日の第2回追悼上映会が終わって,言い出しっぺの榊はほっとして,ブログの更新をほったらかしていました。2年もたってしまいましたが,こんど10月10日〜11日に稲城の駒沢女子大の学園祭で浜田英夫の上映会が実現することになり,あわててブログを再開することにしました。
それにはまず,前の項の「調布の上映会」の報告をしなければ,おかしなことになります。上映会は失敗した?と思われてもしかたありません。駒沢女子大の上映会が迫っていますので,ここではとりあえず参加者の人数だけ報告いたします。(このブログは一度投稿したものの編集,または削除は可能ですが,新たな当校を途中に挿入することはできないようなので,とりあえず報告ページとして書いておくことにします)
●9月30日/稲城・城山体験学習館    午前76人 午後98人
●12月2日/調布・たづくり映像シアター 午前86人 午後92人
合計で延べ352人の方が参加されました。会場の収容能力から見てまずまずといえそうです。
浜田作品をご覧いただいた皆様,ほんとうにありがとうございました。(榊)

2007年12月1日土曜日

いよいよ12月2日(日)上映会(調布)

12月2日(日)調布市たづくり映像ホール(京王線調布駅南口から徒歩4分)での上映はまだ残席があります。予約されていない方は少し早めにおいで下さい。hamadahideoeiga@gmail.comへご連絡いただければ確実です。

午前の部10:30〜12:00
◆「集団保育と幼児の発達」1975(19分)
 当時は3歳未満児を保育園に預ける是非が問われた時代(今は?)でした。集団保育が子どもの心理的発達に与える教育的意味を考えます。

◆「ちいさな芽生えを求めて
 〜重度心身障害児の意欲作りの試み〜」1979(28分)
 重度の障害児は義務教育の免除願いを出さなければならなかった時代。まったく反応の無かった子どもの手足が動き、表情が生まれるまでにどんな試みがなされたか。都立町田養護学校の挑戦のドキュメントです。    

◆「手作り遊びと子どもの手」1977(25分)
 当時、「子どもの遊びと手の労働」(あすなろ書房)という本が評判になりました。鉛筆が削れない、靴ひもが結べない子どもが問題になり始めた頃です。「子どもの遊びと手の労働研究会」(今もあります)の協力を得て、手作り遊びと子どもの発達を考えます。昭和30年代はじめの多摩地域の子どもたちの自然の中での遊びと生活(手伝い)も見られます。
  
午後の部13:30〜16:00
◆「砂利のふるさと」1957(15分)
 高度成長期の建設ラッシュを支えた多摩川の砂利採取。採掘跡の穴が競艇場になったのだそうです。歴史の断面を見る想いがします。

◆「草の根の人々〜砂川闘争の記録〜」1956〜1983(29分)
 米軍基地拡張反対闘争の記録「砂川は抵抗する」と、その25年後のドキュメントです。そのさらに25年後の現在を考えさせられます。
  
◆「若い心の詩」1957〜1969(55分)
 教育大学付属盲学校の小学生だった子どもたちが社会にでるまでの12年間の記録で、今も活躍しているシンガーソングライター長谷川きよしを中心に構成しています。障害者の映画ではなく、友情、青春、進路、そして教育がテーマです。

入場は無料ですが、記念誌(500円)をお求めいただければ幸いです。おまちしております。  

2007年11月13日火曜日

稲城上映会(9.30)の新聞報道(2)

二つ目は、読売新聞多摩版です。
 9月30日の上映会の前後(10月21日まで)に同じ会場の展示室で、浜田さんが稲城を写した写真展が開かれました。その記事です。追悼上映会の告知もしていただきました。この展示会では写真のほかに、浜田さんが撮影で使っていた8ミリ撮影機、16ミリ撮影機(ボレックス)なども展示しました。また受賞した賞状など、余りに多すぎるため浜田さんが自分で写真に取ってコンパクトにしたものがみつかったので、それを展示しました。
 浜田さんが撮影した稲城の昔の写真は、すでに市民の皆さんはさまざまな機会にご覧になっていると想いますが、改めて30枚近い写真を並べてみると、映画とはまた違う良さがありますね。自分の知っている場所の写真なのでしょうか、いつまでもじっとたたずんでおられる方が印象的でした。
 その後、浜田さんの写真のあの場所に行ってみよう!という催しも開かれましたので、改めてご紹介します。

稲城上映会(9.30)の新聞報道(1)



大変遅くなってしまいニュースの効果ないのですが、9月30日の稲城上映会については、事前に2つの新聞報道がありました。
そのひとつ、朝日新聞多摩版です。
新聞を見て上映会に参加された方もいらっしゃいました。それだけでなく、この記事から、浜田さんと言う映像作家がいたこと、その作品が残っていること、上映会が開かれること、そういうことを含めて多くの人たちに知ってもらえることは、うれしいことです。ありがたいことです。朝日新聞さん、ありがとう。
そういえば浜田さんは、「若い心の詩」で青少年映画賞を受賞した時、朝日の「人」にとりあげられました。改めてブログでご紹介します。

2007年10月6日土曜日

9月30日稲城の追悼上映会


 午前の部は、10時30分、濱住さんの司会で始まり、勝山実行委員長のあいさつ、映像プロデユーサー榊による短いプログラム紹介の後、さっそく上映に入りました。2作品とも16ミリですが、今回はVHSビデオのプロジェクター上映です。「子どもと読書」そして「赤ちゃんの心を育てる」の2本を続けて上映したあと、残り約20分間でフロアの皆さんから感想を発表してもらいましが、突然の指名にもかかわらず、皆さん次々と興味深いお話をしてくださり、時間が足りませんでした。

 午後の部は稲城関連作品が並ぶため予想通りの満席。1時30分、勝山さんの再度のご挨拶と榊の作品紹介の後、亡くなる前年77才の浜田さんご自身が登場するDVD「ビデオレター・年頭ご挨拶」のだいたんな映像にまず驚かされました。つづいて30才前後の処女作ともいえる8ミリ映像詩「秋の歌」、1950年代と90年代の稲城の定点観測映像「昔 竪谷戸があった」では、懐かしい里山の風景と急激な変貌に感嘆のため息があちこちで聞かれました。最後の「ひとりひとりを生かす教育」はさまざまな障がいのある子どもたちの教育のドキュメントですが、一生懸命に学ぶ子どもたちと一生懸命に指導する先生方の姿に圧倒されました。フロアから感想が次々の発表され予定の4時を30分も過ぎて散会となりました。とりあえず第一報といたします。

記念誌もできました!


上映会で配布する記念誌(42ページ)もできました。追悼文、上映作品の詳しい紹介、浜田映像論、そして製作現場の浜田さん、地域での浜田さんについて大勢の方々に寄稿していただきました。今年2月から続けてきた「浜田英夫の映画を見る会」の報告、浜田映像の永久保存を取り決めた稲城市への作品遺贈の経緯についても掲載しました。表紙デザインはポスター、チラシと同じです。
9月30日上映会では500円で頒布しました。12月2日も頒布します。ぜひお買い求めください。

追悼上映会チラシ(裏)


上映会チラシの裏面には9月30日稲城、12月2日調布の全上映作品12本の紹介と、浜田さんの略歴を入れました。浜田さんとその作品に関する情報を満載したのは、浜田さんの資料はこれまであまり出ていないので、これ一枚でひととおりのことが分かるようにしたかったからです。そのぶん文字が小さくなって老眼の私にはちょっと辛いものがありますが、若い方にはだいじょうぶでしょう。

追悼上映会チラシ(表)


追悼上映会のチラシです。9月30日稲城と12月2日調布の2回を一枚にしました。
写真は代表作「若い心の詩」(12月2日上映)のラストシーンです。
キャッチコピー「野良ネコ的、浜田眼」の野良ネコは浜田さんの口癖で、どこの会社にも所属せず自由に映画をつくって来た浜田さんの気概であり、彼の電子メールのハンドルネームでもありました。
デザインは地元稲城市にある駒沢女子大学映像コミュニケーション学科3年の志田美幸さん。ポスターも同じデザインです。黄色と水色の眼は実はキャッチコピーが決まる前にできていて、浜田夫人が「これは目だ、そうだ浜田秀夫の目だ」と言い、それを聞いた志田さんの先生、森田和夫教授が「野良ネコ的、浜田眼」という印象的なコピーにして下さいました。そしてなにより、地元の大学で映像に関わる方々の協力が得られたことはうれしいことでした。